埼玉県粕壁(春日部市)

東北一人暮らし   

                 =奥の細道追っかけ記= 
”粕壁宿白壁の蔵”

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=粕壁泊(埼玉県春日部市)

奥の細道本文では草加に泊まったことになってますが、曾良さんの日記では粕壁泊となっています。
そして粕壁(埼玉県春日部市)には芭蕉さんたちが泊まったとされるお寺があります。
しかも、2件のお寺が名乗りを上げているのです。


東陽寺
    (埼玉県春日部市)

国道4号から春日部宿に入ってすぐに東陽寺はありました。
山門前には「伝芭蕉宿泊の寺」の石柱があります。

境内はさほど広くはありませんが、こぎれいにされていました。
墓地を分譲中の営業の人が話をしてくれました。

結構東京から歩いてくる人もいるようで私たち(女房と下の娘)もそのように見られたようです。(車で行って近くのロビンソン百貨店にとめてました。)


と言うことは諸説のように芭蕉さんたちもきっと、草加を過ぎここまで来てたんでしょう。

境内には、曽良さんがつけていた随行日記の「廿七日夜 カスカベニ泊ル 江戸ヨリ九里余」と書かれた石碑もありますから。(これも門前の石柱も見るからに最近の物のようです。)かなり芭蕉さん泊に力が入ってました。
”東陽寺山門”
東陽寺山門

写真左

東陽寺山門前、松尾芭蕉宿泊の地の石票
(光線の具合で見づらくてスミマセン)


写真右

同寺
本堂横の「廿七日夜 カスカベニ泊ル 江戸ヨリ九里余」
の碑
”松尾芭蕉宿泊の地石票” ”「廿七日夜カスカベニ泊ル江戸ヨリ九里余」石標”

小渕山観音院=
      (埼玉県春日部市)

4号線をさらに下り16号バイパスを越しチョット行った左側、古びた仁王門が奥まったところにひっそりたっていました。

仁王門は元禄2年の建立らしい、と言うことは芭蕉さんたちが江戸を出る前の年に立てられたんですね。

夕暮れが迫っていたので裏手に廻り車を置き、(女房たちは車で待機)大急ぎで見に行きました。

ちょうど本堂を寺守?のおじさんが閉めようとしていたところでした。
「ここは松尾芭蕉が泊まったところですか?」と聞くと「そう」とぶっきらぼうな答
え。でもそのあと「どっから来たんだい?」と、「川口からです」と言うと「まぁ、遠くから・・・。」
”芭蕉句碑” チョット写真を撮らせてくださいと言って境内を一回りして帰ろうとしたら、まだ本堂のところにいたおじさん「なんだ、開けといたんだから見ていきな」と本堂の中を見せてくれいろいろ説明してくれました。

芭蕉さんが泊まった説については「そういわれているけど、どうだかね。」とそっけない答え。

境内にポツリとある芭蕉さんの小さな句碑につ
見逃してしまいそうな句碑
いては「有名な人が来たことになってるんだから立てたんだろ」と東陽寺とは正反対にさめたところがまたよかったです。

さてさてどっちが本当?もしかしたら両方とも違うのかも。
どちらも確証的なものがありませんが、まぁそれが歴史のロマンとして・・・。
”小渕山観音院仁王門” ”小渕山観音院仁王像” ”小渕山観音院本堂”
観音院仁王門 観音院仁王像 観音院本堂

粕壁宿(埼玉県春日部市)

粕壁宿は旧 日光街道 四番目の宿で、今ではかなりショッピングの道と化してますがところどころに蔵が見えたりして当時の名残を感じます。

小学生の娘が「ここどこ?」と言うので「春日部だよ」というと「クレヨンしんちゃんのとこ?」思わず笑みが出てしまいました。
”古利根川” ”蔵造の商店” ”道標”
江戸時代には古利根川を利用した河岸ができ、水運も栄えました。
蔵造の商店の前には道標が


最勝院(埼玉県春日部市)
春日部の地名の由来とも言われる、春日部氏。
この最勝院には南北朝時代に南朝方の武将として名をはせた春日部時賢(重行)の塚があります。

また、明治時代には千住馬車鉄道が開通しこのお寺の前ににその始発駅があったそうです。
”最勝院”

    =芭蕉さんたちはさらに下野の国を目指す=

その後武蔵野国を通り抜けていった芭蕉さんたち、小山から下野の有名な歌枕である室の八島へ立ち寄り、日光街道の杉並木を歩き 今市から4月1日に日光に入りました。

煌びやかでいつまで見ていても飽きないことから日暮門とも呼ばれる陽明門。

陽明門と徳川家康が祀られている日光東照宮。私も何度か訪れましたが当時の家康の偉大さが本当に感じられますよね。
”日光東照宮陽明門”
芭蕉さんですらこのように書いています 陽明門

「今此御光一天にかゞやきて、恩澤八荒にあふれ、四民安堵の栖穩なり。猶憚多くて筆をさし置ぬ」


東照宮の輝き、家康の御威光は万人に平穏をもたらしている。恐れ多くて筆を置くと書いています。
その美しや家康公の偉大さを書くことができないということで、その素晴らしさを表現しているのですね。

    
”あらたうと青葉若葉の日の光”
 

青葉や若葉が初夏の光に輝く様を日の光にかけています。でもここでも曽良さんの記録によると当日は曇り空だったようです。
日光東照宮の尊さなども含んできっともっと深い意味合いを含んでいるのでしょうね。

それから日光を後に広大な那須ヶ原を横切るように黒羽に向かい知り合いの宅を訪れました。そこで厚いもてなしを受けついつい長居をしてしまいました。江戸を発ちもう一月が経とうとしていました。

疲れを癒しサァもうひとふんばり。山深い雲厳寺、芦野を抜けみちのくの玄関口白河の関目指し下野の国を後にします。江戸から下野、そしていよいよみちのくがもうすぐそこに近づいてきました。



日光東照宮

1617年(元和3)、2代将軍秀忠が、家康の遺言により家康を祭神として創建しました。

アクセス:
JR日光駅・東武日光駅→東武バス中禅寺温泉または湯元温泉行きで5分、バス停:神橋下車、徒歩10分

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