仙台に入る

東北一人暮らし   

                 =奥の細道追っかけ記= 
”貞山運河”

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=仙台にやってきた=

いよいよ宮城県、仙台に近づいてきました。
名取川を渡ればもう私の単身赴任の地仙台です。
仙台といえば伊達政宗、その伊達六十二万石の地に芭蕉さんも入ってきました。


    =そして仙台へ= 

「名取川を渡て仙臺に入。あやめふく日也。旅宿をもとめて四五日逗留す。爰畫工加右衛門と云ものあり。聊心ある者と聞て、知る人になる。この者年比さだかなぬ名どころを考置侍ればとて、一日案内す。宮城野の萩茂りあひて、秋の氣色思ひやらるゝ。
玉田・よこ野・つゝじが岡ハあせび咲ころ也。日影ももらぬ松の林に入て、爰を木の下と云とぞ。昔もかく露ふかけれバこそ、ミさぶらひミかさとハよみたれ。藥師堂・天神の御社など拝て、其日ハくれぬ。猶松嶋・鹽がまの所々畫に書て送る。且紺の染緒つけたる草鞋二足餞す。されバこそ風流のしれもの、爰に至りて其實を顯す。

     ”あやめ草足に結ん草鞋の緒”」


名取川を越え仙台の地へ入ってきた芭蕉さん。
仙台の宿は、東北一の不夜城として有名な国分町でした。国分町は当時も繁華街で旅籠も多かったらしいです。

仙台に入ってきたのは端午の節句の頃でした。
しかしこの仙台では芭蕉さん、あまり知り合いがいなかったようです。

たまたま絵師の加右衛門、という人が俳句もたしなんでいてお世話になりました。

また、加右衛門さんはこのあたりの歌枕をよく知っていて、芭蕉さんたちを連れ仙台の観光案内もてくれたようです。

仙台といえば銘菓「萩の月」、その萩が秋になると美しい宮城野一帯の玉田、横野・榴ヶ岡や薬師堂などを一緒に廻ってくれました。

また別れ際には、これから向かう塩釜や松島のところどころを絵に書いてくれました。
そして二束の草鞋もいただきましたが、その草鞋の緒は季節柄あやめの色をあしらったものでした。

そこで一句詠んでいます。

”あやめ草足に結ん草鞋の緒”

”端午の節句にちなんだ(あやめの色と同じ色の緒のわらじを履いて)あやめ草を足に結んだ気持ちでまた元気に旅に出よう。”

そして足元も軽やかに仙台を後に多賀城、塩釜、そして松島へとまた旅立っていくのでした。

アクセス→(榴ヶ岡天満宮)仙石線榴ヶ岡駅下車スグ(仙台東口徒歩15分)
(フルスタ宮城)仙石線宮城野原駅下車スグ(JR仙台東口徒歩20分)
”榴ヶ岡天満宮”
榴ヶ岡天満宮
 ”フルスタ宮城”
かつての宮城野原は楽天の本拠地


奥州国分寺

境内には、史跡陸奥国分寺跡(礎石)をはじめ、伊達政宗建立の薬師堂、仁王門などがあります。

薬師堂から道を隔てたところにある心字ケ池畔には、芭蕉さんの「あやめ草足に結ん草鞋の緒」の句碑が立てられています。(写真右)
奥州国分寺の仁王門、鐘楼、薬師堂(左から)

アクセス→仙台駅からバスで大和町行薬師堂下車




名取川と広瀬川


奥羽山脈から仙台平野を流れ途中広瀬川と合流して太平洋に流れ出ます。

秋保温泉の脇を流れるあたりは絶景です。
また秋保大滝も名取川です。

この写真の数キロ先で下の広瀬川と合流していきます。
名取川から太白山をのぞむ
”広瀬川”
左の写真は名取川に合流する少し手前の広瀬川です。
ともに仙台平野を横切るように流れます。

芭蕉さんたちは名取川とこの広瀬川を渡り仙台の街へと入ってきました。
仙台南部道路長町インター付近の広瀬川


宮城野原


今では榴ヶ岡公園や楽天イーグルスのフランチャイズ、フルキャストクリネックスススタジアム宮城(Kスタ宮城)などになっている仙台駅東口界隈です。

萩の名所の面影はありませんが、宮城野原を偲ばせるものがひっそりとたたずんでいるのを見つけました。
”明治、大正天皇野点の地”
それは、フルスタKスタ宮城の入り口の松林の中です。
明治天皇、大正天皇野点の地の石標がありました。

その当時も芭蕉さんが見て回った面影とはだいぶ違うでしょうが、野点をしたというからにはそれなりの自然があったということだと勝手に解釈してしまいました。

島崎藤村も宮城野原を、仙台に下宿していた(今の仙台駅西口付近)名掛町あたりから眺めていたようです。

アクセス→(フルスタKスタ宮城)仙石線宮城野原駅下車スグ(JR仙台東口徒歩20分)


※余談ですが、石標がある写真の松の木下で一緒に行った松ぼっくり拾いが好きな女房が大騒ぎしていました。

こんなもの拾ってきてました。(写真)
家に帰って調べるとどうやらヒマラヤスギの実?だったようでシダーローズと呼ばれているようです。

(写真下のさくらんぼのようなものはメタセコイアの実で球場に入るところの正面にある木です。)
”シダーロズ


榴ヶ岡公園

仙台市の桜の名所でもある緑豊かな榴ヶ岡公園。昔は陸軍駐屯地でした。
その兵舎あとは仙台民俗資料館になっています。(写真左奥の建物)

”榴ヶ岡公園” ”榴ヶ岡公園”
アクセス→(榴ヶ岡公園)仙石線榴ヶ岡駅下車スグ(仙台東口徒歩15分)


亀岡八幡宮

今にも崩れてきそうな苔むした長い石段が続きます。

一気に上り詰めると、息が上がり膝が笑っていました。

やっと登りつめるとそこには質素で小さなお社が静かに佇んでいました。

曾良さんの日記によるとここにも芭蕉さんたちは訪れています。
伊達家の守護神でもあるこの八幡様を仙台城を仰ぎながら訪れたのでしょう。

アクセス→仙台駅からバスで交通公園(広瀬通経由)行、「川内亀岡公園前」下車


芭蕉の辻  

「国分町通」と「中央通」の交差点ですが、江戸時代から昭和の中頃までは仙台でもっとも栄えていた地だったようです。都市計画でやや仙台市街の中心地がずれ、今ではビルの谷間のひとつの交差点としてひっそりとたたずんでいます。

またこの辻の名は松尾芭蕉さんからついたものではではありません。

写真左
現在の芭蕉の辻。
現在の仙台の繁華街中心からはほんのチョットずれてしまっています。

写真右
国文町通りがかつての奥州街道だったことを今に伝える道標
”芭蕉の辻” ”奥州街道道標”
アクセス→JR仙台駅前から続く長いアーケド街を突き抜けたところにあります。


国分町


”国分町通”
仙台で芭蕉さんと曾良さんはこの界隈に泊まりました。その頃はどんな風景だったでしょう?

芭蕉さん達が今の国分町に来たら?
やっぱりイケイケではめをはずすのかも・・・?


”仙台の夜国分町” 仙台の国分町は、東北地方を代表する繁華街であり、仙台の夜の顔でもあります。

国分町通りを背景としてこの地区には、おおよそ3000軒の飲食店が集積しているといわれます。
ネオン輝く国分町
奥州街道沿いに発達した町で、町名の由来は、伊達政宗入府以前にこの地を支配していた国分氏の時からの城下町だったためと言われています。

 
アクセス:仙台地下鉄広瀬通または勾当台公園駅下車、(JR仙台駅より徒歩20分)



仙台郵便局創設の地

国分町の繁華街真っ只中にありました。
「仙台郵便局創設之地」と書かれた石碑。

おすし屋さんの前にあります。見つけてみてください。

チョット先には仙台警察跡もあります。
”仙台郵便局創設の地”
※注意 夜はネオンの光に目がくらみ見つけられないかも知れません!
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